「左手のないサル」①はじめに

「左手のないサル」から目が離せない。


昨年末から俄かにテレビやネットのニュースで目にするようになったと思う。

 

2024年10月9日、日テレNNEWS NNNより

 

「世の中が大変な時にマスコミはなんと頓珍漢なニュースを報じているんだ」あるいは「世の中が大変な時ほど頓珍漢なニュースを報じるのがマスコミか」などと思いながら、ぼんやりと眺めていたけれど、実はその目撃情報は2024年の4月から報じられているらしい。

 

2024年10月9日、日テレNNEWS NNNより


2024年4月に福島県、2024年8月に栃木県、2024年10月には千葉県、埼玉県、そして東京都、神奈川県。2024年12月には静岡県山梨県

 

そして年をまたいだ2025年1月4日には東京都・八王子市で目撃されたという。


日本列島の中腹を数百キロも旅をした「左手のないサル」は一部ネット上では「右膳」と呼ばれている。これは往年の時代劇シリーズ『丹下左膳』の主役が片腕(丹下左膳は右腕がない)であったことからとられているようだ。

 

私自身、マキノ雅弘監督の『丹下左膳』シリーズこそいまだに鑑賞したことはないが、かつて、萬屋錦之介主演の映画をよく見ていた時期に、五社英雄監督『丹下左膳 飛燕居合斬り』という作品を鑑賞する機会があった。

 

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作中で萬屋錦之介が演じる丹下左膳はまさにチンピラで、行儀が悪く、だからこそ、ここぞという時に抜く正義の刀がかっこよかった、そんな記憶がある。

 

その印象も相まってか「右膳」と呼ばれ、牙をひん剥きながらテレビカメラを威嚇する「左手のないサル」の映像を見ると、どうにもこいつが「混迷極める乱世を叩き直しに舞い降りたダークヒーロー」にしか見えない。


ところがテレビニュースは違った。彼らは頑なに「左手のないサル」のことを「左手のないサル」と呼び続けている。「左手"が"ないサル」や「左手ないサル」などという多少の表記ブレはあるものの、どの媒体をみても、みな判で押したように「左手のないサル」と呼んでいる。

 

お祭り好きの我が国のマスメディアであるから「多摩川のタマちゃん」の時のように「右膳」とでも名付けてひと盛り上がり起こせそうなものを、やけに行儀が良い。

 

なぜか。それは彼らが、関東全域を暴れまわる猿のことを「日常のほんわかニュース」ではなく「災害」と捉えているからではないか。だからこそ「右膳」などというふざけた呼び名になびかず、毅然とした態度で、事実にのみ即した「左手のないサル」という名前を使い続けているのである。我が国のジャーナリズムも捨てたものではない。


ここでのマスメディアのスタンスに関連して一つ、私が昔からどうにも気に食わないことを補足したい。お天気ニュースはふざけすぎだと思う。日常のお天気ニュースも、台風の時くらい真面目にやるべきだ。少しの雨でも人は死ぬ。それなのにお天気お姉さんをアイドル化したり、気象予報士のおじさんの隣に、大して可愛くもないマスコットキャラクターを立たせたり、石原良純に天気予報をさせたりしている。

 

石原良純に天気予報をさせるなんて、ありえない。

 

私にはそれが「このくらいの雨じゃ人は死にません、だからゆるっとお伝えします」という態度に見える。その「日常」と「災害」のグラデーションのさじ加減が、マスメディアにのみ委ねられていることが、許せない!

 

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とにかく私は「左手のないサル」のことを「左手のないサル」と呼ぶことにした。

 

 

そう決めてみると、まずこの「左手のないサル」という言葉は、漢字・ひらがな・カタカナが奇跡的なバランスで配置されており、見た目が美しい。またa/e/i/o/uが絶妙な塩梅で盛り込まれており、発音する際の口触りも非常によろしい。「一度この騒動の文脈を外れてしまえば、何の意味もない言葉」であるところも馬鹿馬鹿しくて気に入った。

 

犬でも猫でもアリンコでも、夜空の星座でも、ラーメンに乗ったメンマでも、一度名前を付けてしまうと愛着が沸いてくるもので、私はこの「左手のないサル」にどうしようもなく取り憑かれてしまった。


ではなぜ「左手のないサル」は「左手のないサル」になったのか。


次章以降は「左手のないサル」に取り憑かれた私による、完全なる憶測の物語である。

 

(つづく)